2011年4月1日金曜日

知らなさ過ぎて泣けてきた


気づいたらもう4月になっていた。今年ほど3月と4月の境目が意識できなかった年もまれだった。毎日、いわきから来た両親と、ニュースを見て新聞を読んで、一進一退する原発の状況を、ただ見つめているしかなかった。それでも季節は変わって、近所の桜が次々に咲き、ピンクと黄緑のグラデーションで目を楽しませてくれている。

私は恥ずかしいことに、原発についてこれまで殆ど知らなかった。日本に50基以上も原発があることも知らなかったし、いわきに両親が住んでいるというのに、福島第一、第二原発の場所は愚か、福島に原発があることすら知らなかった。そして、その電力が東京の為のものということも当然知らなかった。もう、本当に知らなさ過ぎて、とてもとても恥ずかしくて涙が出てきた。今回の地震があって、これほどの重大な事故になってしまって、事態がとても深刻なことは分かっているのだけれど、東電や保安院の会見に文句を言う人がいても、自分の無知のほうが申し訳なくて、なんだかそんな気になれなかった。ただただ泣けて来てしまった。


「原発反対!」という運動やブログ、新聞記事などは今までも色々なところで見ていたのに、どうしてその時に真剣に勉強しなかったのだろうかと自分を恥じた。そこで私が勉強していたからといって、何がどう変わるというわけではないのだけれど、こんなにも知らなさ過ぎたのに、いざ事故が起こって「酷い!」なんて言えなくて。それでも悲しさや虚しさだけは日々襲ってきて、なかなか心が平穏にならない。

ちょうど4月2日は忌野清志郎さんの誕生日だった。色々なところで話題になっているけれど、「LOVE ME TENDER」「SUMMER TIME BLUES」の歌詞を改めて読んで驚いた。清志郎さんが反原発の歌を歌っていたことは知っていたけれど、こんなに今の現実に悲しいくらいに当てはまっている歌を、もう20年も前に歌っていたんだもんなあ。清志郎さんが生きていたら、今のこの現実にどんな歌を歌ってくれたんだろう。清志郎さんの命日までもあと約一ヶ月。今頃空の上で、どんな顔で私たちを見ているんだろう。

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